食道・デ・ロワ



「女の子が生まれたら、ガレットって名前にして、みんなでガレット・デ・ロワを食べるのが夢だったの」


母ちゃんは何かにつけてガレット・デ・ロワを焼いて、口癖みたいにこう言った。
チープな金色の王冠をのせた手作りの焼き菓子の味は、日によって少し砂糖っぽすぎたりバターっぽすぎたりした。
僕ら家族はみんなで飽きもせずそれを切り分けて、中にひとつだけ隠れたフェーブを見つけては喜んだり残念がったりしていたのだった。



父ちゃんはフェーブを当てるとよく短い口笛を吹いた。
それから王冠を右手の人差し指で拾い上げるとくるんと回して、決まってこう言う。


「それじゃあ、日曜は家族でどっか行こう。約束な」


兄ちゃんは楽しみにして、日曜にあまり友達と遊ぶ予定を入れなかった。普段外に行かないでクレヨンと油粘土ばかりいじっていた僕もそういう日は黙ってついて行った。
もともと僕は意思表示が少なくて自分から積極的に交流を持たない奴だったから、それもあっての提案だったのかもしれない。
目的地は色々、それこそ誰かが行きたいと言えば片っ端から行った。父ちゃんの勝手で海とか釣り堀になることもあったし、母ちゃんがケーキ屋巡りをしたいと言えば飽きるくらい回って食べきれないくらいのケーキを持ち帰ってきたし、兄ちゃんがいつも遊園地に行きたがるからふたりは行ける限り多くの遊園地を調べていた。そのおかげで土曜の夕方から一泊の小旅行になることもあったり、道に迷うのなんてしょっちゅうだった。
傍から僕はいつでもつまらなさそうに見えたらしくて何度も心配されたけど、家族と出かけるのはなんであれ楽しかった。水族館から帰った後なんかにクレヨンで魚や貝ばっかり描いていたりすると、父ちゃんはにやーっとして僕の頭をわしゃわしゃ撫でた。



僕達が孤児になって養子として伯父さんに引き取られた後も、兄ちゃんは家族の習慣を絶やそうとはしなかった。
日本にガレット・デ・ロワを置いているケーキ屋があまりないことに僕も兄ちゃんもびっくりした。兄ちゃんはとても悲しそうだった。
それでも時間をかけてなんとか見つけてきたらしく、小遣いを貯めた兄ちゃんがガレット・デ・ロワを買ってきたとき、伯父さんは説明もそこそこに気の早い僕らの小さな賭けに付き合わされていた。
焼き菓子の中から小さな陶製の木馬を見つけた伯父さんは、親指と人差し指で慎重に目の高さまで持ってきてまじまじと眺めた。それを当てた人は次の日一日だけ王様になれるんだよと兄ちゃんが楽しそうに教えた。
その日から、ガレット・デ・ロワは僕と兄ちゃんと伯父さん三人の習慣になった。

三分の一になったはずなのに、なぜだか兄ちゃんに当たる回数は減ったように感じた。
兄ちゃんは大概すねていたけど、フェーブを当てるとまあ大喜びして、誇らしげにチープな王冠をかぶって、そして決まってこう言うようになった。


「それじゃあガレット、明日は外に出て遊ぼうか。約束だぞ」


伯父さんは足腰が弱いひとで車椅子に乗っていた。僕達が来るまでは、あの世間離れした洋館を思わせる広い家にひとりだったらしい。
必要以外のことでは家から出ず、ものづくりが好きなのは僕と一緒で、そのうえお金持ちだから色んな道具とか材料を持っていた。
そんなわけで僕はますます一人遊びに没頭するようになり、兄ちゃんの王様命令があればっかりになったのもそういう訳だった。父さんが悲しむだろ、と。
僕はいつも黙ってついていった。



それから二十五回目のガレット・デ・ロワ
フェーブを当てたのは兄ちゃんだった。
兄ちゃんは、目を見開いて息を呑んで、少しの間口をつぐんでいた。
それから、伯父さんに見えないように、食卓の下で掌を合わせていた。
そしてすぐいつもの顔に戻ると、ひょいと王冠を頭に乗せて、つとめてうれしそうに言うのだった。


「ガレット、あしたは外に行かないで、家でぼくと遊ぼう」


たった一度だけ変わった王様命令。
伯父さんは、驚いたように目を丸くし子首をかしげて何か思案すると、にんまり子どもみたいに口角を吊り上げた。


僕は黙ってそれを見ていた。



 

ガレットは色付きで描くのがたのしいです

よその子が足りなーい!!!