たたかえ

ここ数ヵ月、下手したら丸一年以上、人と自分の関係について悩んで悩んで弱りきっていた。
高校卒業まで、本当に絵を描き続けていたくて、それに注ぎ込んでやってきた。絵のためなら何を吸収しても糧になるし、出来るだけ取りこぼしなくありたかった。
卒業するまではそうしていて良しとされていた。一生懸命のめり込めばのめり込むほど評価されて、自分は満たされていて。ほんの少しの弊害なんて気にする方がいけないし、不必要だと思っていた。
私の周りには多くの人が居た。そうでない人は私に近づかない人だった。

大学受験に失敗した。多くの人が「落ちたの!?」と言った。先生からは「ずっと見ているから諦めるな、あなたは藝大に行く人だ」と言われた。このまま頑張ればきっと入れる、きっと何年だってやっていけると思った。

春休みじゅう思いっきり腑抜けて四月、予備校の昼間部に入った。
その頃はまだ多浪の先輩が多くて、高校の部活とは訳が違う場所なのだとすぐに分かったけど、自分のやり方でやればきっと上手くなると信じてやっていた。
でも、環境が変わった。絵を一枚完成させるのが二日に一回になった。一週間で一枚だった現役時代でも滅多に完成させたことがなかったから、まず目立つ粗が浮き彫りになった。
先生は私のような、たまーに飛び抜けて光るような絵を描く生徒を評価しなかった。実力を普段から発揮できない点をマイナス評価されていたんだろうな。恒常的に上手いベテラン至上主義な人で、基礎のない生徒の力を伸ばすのはあまり得意じゃない先生だったように見える。
「普通になれ。普通を維持できるようになれ」2年間言われ続けた。普通というのは、私が現役時代あまり興味のなかった、特に光る点のない、けれど安定感があり問題のないことだった。正直嫌で、もっともっとガリガリ描いていたかった。でも特にスピードがあるわけでもないからやりたいようにやっていたら絵の責任がとれずにタイムアップしてしまう。普通になれと言われ続けた。
普通って、私は普通じゃないんだろうか。普通だと思う。ただ周りの子みたく、美術をベースに毎日学ぶ環境に居なかった点で普段の行動に違いが出るだけだ。私にはそういう大元がないことを伝えてみたけど、あまり変わらなかった。
友達と言えるような関係の人もなかなか出来なかった。遠巻きにされて、複数人でこそこそとされる。「やっぱ上手いな」誉めてくれるのは悪い気しないけど、どうして仲間に入れてくれないんだろう。絵を描くのは大好きで、他のことなげうってもいい位だけど、人間の友達が要らない訳じゃない。むしろ仲良くなりたい。一人でやりたいことが多いだけで、仲間が邪魔な訳じゃない。
自分の好奇心を一旦抑えるようにした。気の利いたことも言ってみた。ちょっとしたトラブルにも立ち会って、皆どんなことを考えているのか感じ取ろうとした。けれど簡単に繋がりを切られてしまった。
高校までの友達は、学校という環境に与えられていた存在だったのだと知った。
寂しくて、落ち込んだ。なるべく人に会いたくなくて、ギリギリに学校に来て、昼休みは予備校の外に出て、授業終わりはなるべく早く帰るサイクルになった。二浪のときやった企画が不仲のまま終わり、楽しかった高校時代尊敬していた仲間の殆どと連絡が途絶え、それも相まって亡霊のように日々やり過ごした。
あんなに楽しかった毎日を、作り上げたものをいともたやすく裏切って、過去のものにされた。彼女らは知らん顔して楽しく苦しく毎日を生きている。私は置き去りにされた過去だった。
妬みと悲しさと羨望でいっぱいで、自分は自分の知らなかった自分になった。倒れてしまって起き上がれないような、どうにも出来ない辛さを味わった。愚痴と、悲観と、泣くことが増えた。

2017/10/19 22:24
途中にしたままの下書きを、少しの虚飾を書き換えて残す。