企画学園学園祭 19

行動は二人一組。
生徒も外部の方もいる人波の中、周りに細心の注意を払いながらも常に自分が他の人の目にどう映るか考えて、毅然とした姿勢を保ちつつ物腰は柔らかく、歩く。
少しでもこちらに興味を示した様子があれば見逃さずに、距離感を見ながら軽く立ち止まる。可能なら二人同時に。
そうして相手の目を見ながらチラシを差し出して会釈。
わざとらしさを感じさせない口調で、
「「こんにちは。宜しくお願いします」」
こんな風に。

「わっ、は、はい…!」
チラシを受け取って好印象を示してくれた女の子に二人で穏やかな微笑みを返して、ゆっくりと前に向き直り、また歩き出す。
ここまでが1セット。
「…よぉし、上手く行ってる」
「大木……?え、別人じゃないの?さっきの本当に大木?」
「当ったり前。商売人たる者多少の演技はできねえとな、白夏だってそうだろ?」
「ああ成程、確かにそっか…」
周りへの注意を忘れないよう前を向き、姿勢を保ちながら小声で言葉を交わす。
ここは普通科棟三階の廊下。僕と大木はビラ配りの最中だ。
『あえて露骨に主張せず、落ち着いた雰囲気で』。メイド・執事喫茶と銘打ってはいるけど、商業科2年はこのコンセプトを選んだ。もちろんその分地味さが出すぎないように店の方では色々と工夫をしてあるようだ。ちなみに僕も大木も昼どき前に戻って、そのうちの一つの準備をしないといけない。
「いやーしかし傍目からじゃほんとにメイドさんだな。柳田が髪型いじったんだっけか?」
「あーあーうるさい何も聞こえない。…大木、服交換しようか」
「俺が着たらそれこそ玄人レベルになんぜー、見る人の方が心配」
「その心配を是非こっちにもしてほしかったんだけどなー?」
笑顔で大木の方を向いたら既に顔をそらされていた。こいつ。
「…おっ、白夏」
「はいはい」
次のビラ配り。距離的にあと3歩だろうか。

「「―こんにち「!うわっ!!」

「「―?」」
目の前の男性が素っ頓狂な声をあげたのとほぼ同時に、辺りが一気にざわめき始めた。
「っ!?何…」
「落ち着け白夏!まずは状況把握だっ」
「!!…お、おお…」
「何だよその心底驚いたみたいな顔は」
「いや…うん、ごめん」
図星だった。緊急時の対応は普段から教わってはいるけど、てっきりいざという事態になったら誰よりもひどくパニックに陥るタイプかと思ってた。僕も人を見る目が甘いのかもしれないな。
そう思って僕がぼさっとしている間にも、素早く意識を切り替えた大木はさっきの男性や近くの人たちに声をかけている。
「落ち着いてください。何かありましたか?」
「あの、自分も一瞬しか見ていなくて良く分からなかったんですが…、何か、窓の外でこう、下から上に何かが勢いよく…」
「?窓の外…?」
見回してみると、確かに職員室横の開けたスペースで固まっている人達は一様に窓の方を見ている。
僕はとりあえず、お母さんらしい人の側で泣き出してしまった小さな兄弟のところに駆け寄った。子供たちをなだめるのを手伝いながら周りの会話に耳を澄ませる。
「―だったよ!足見えたもん!」
「―あ、今ですね―」
「―階だろ?まさか人なはずは―」
「―大丈夫だって―」
「―さだったしそれはない―」
「―っぽくなかった?」「いや青じゃ―」
「―かしたんですか?」
「―ろ何だろうね!!見たよね!?」「うん見た、ビュッて一瞬―」
「―かったからもしかしたら気のせいなんじゃ?」「でもこんなに人が―」
「―ひとつだったって」「えー!二つに見え―」
「―あえず学校関係者に―」
「―、私見えたよ!」「えっ、動体視力良すぎだろ―」
「―そう、確かね」


「―狐!!」


―…お。
「―はあ?ここ三階―」

「ああ、合点いった…そういうことか…」
「え?どういう事ですか?―よしよし、泣かない泣かないっ」
「ぅぐ、えっ…うぇぇえええええええん!!」
狐と青。それだけでもう推理と証明は十分だった。
「―白夏!」
「大木!どうしたの息切らして」
駆けてきた大木が僕の隣にしゃがみ込んで耳打ちする。
「先生に訊いてきたんだが、屋上は立ち入り禁止で何か物を引き上げる予定は無いって。どうすっかこれ…」
なるほど、大木はさっきの人の話を聞いて、屋上にいる人たちがロープかなにかで校庭から何か引き上げているんじゃないかと踏んだみたいだ。先生に確認してくるなんて行動が素早い。さっきの対応といい、その点もう立派な接客員なんだろうな。
でも残念、恐らく物ではなくて人。すごい速さで上がったのは自力でだ。こんな常識はずれなことをやってのけてしまえる心当たりは僕の中で一つしかない。
しかし分かったところで原因をそのまま言えるはずないから、どうやって上手く言い訳してこの場を落ち着かせようか。
ひとまず、僕は不安そうな大木と母親さんに笑顔を返した。

「安心してください、大丈夫ですよ」

「「?」」
それから窓の外を見て小さく呟く。

「…やったね、桃さん」
今頃何してるんだろう。
またどこかで倒れてないといいけど。













「…ぁ―――――ったのし―――――――!!!!!いつぶりだろジャンプしたの!!」

こんなに楽しいのはほんとに久しぶりだ。
跳び上がってきた学校の屋上で、ボクは右手にバスケットを持ったまま、かかしみたいに両手を広げてくるっと一回転した。
いつもは短いズボンだから、今着てる長いスカートみたいな…えっと、はかま!は少し違う感じがする。
わざと歩きづらいように作ってもらった高いゲタも、ジャンプするために脱いで腰に結びつけた。これでまた騒ぎを起こしちゃってたらこの服を作ってくれた小守せんぱいに悪いなとも思ったけど、屋上に行きたいと思った時にどこかに吹きとんじゃったみたいだ。

「…き…狐さん……?」
そのまま回っていたら、うしろからへたった声がした。
「?どうしたのお姉さん」

さっきたまたま会った金髪の女のひと。
外人さんみたいな外見と大きな荷物でなんとなく周りから浮いてる感じがあったから、ちょっとだけボクと同じ感じがして声をかけてみた。
「あのね、そのバスケットの中、ケーキ入ってて…。だからあんまり振り回さないでくれると嬉しいかなぁ…」
「ケーキ?」
止まってバスケットを開けてみる。
「あっ、ほんとだ!大丈夫だよ、これお姉さんが作ったの?」
「そうだよー、お友達と食べたいなーと思って」
「へーっ、上手なんだね、おいしそう!」
だいぶくたびれてるみたい。
背負ってたリュックがあんまり重たそうだからバスケットはボクが持ったけど、こんなに疲れているんだったらリュックも持ってあげればよかったかな。

「それとえーと…ここが科学部なの…?」
「ううん!来たくなったからお姉さんも巻きこんじゃった!」
「や、やっぱり…うぅ…」
あ、疲れてるのはボクのせいだった。
ふだんからジャンプするのなんてボクくらいだから、慣れてないひとをいきなり連れてくると大体こうなってしまう。
でもこんなに楽しい日なんて最近はぜんぜんなかったし、今日だけはちょっとくらい自由にしたってバチは当たらないよね?
「科学部なら理科室じゃないかな?たしか一階に2つ教室があったけど、どっちかはたぶん行けばわかるよ」
「い、一階って私がさっきまで居たところじゃなかったかな!?だったらふつうに案内してくれれば十分だったのにー…」
「じゃあもう少ししたら一緒に行くよ。もうちょっとここにいたいんだ」
バスケットを置いて、それから空を見上げて大きく伸びをする。
お姉さんはリュックを置いて座りこんだまま、ボクのほうを向いてほほえんだ。
「…狐さん、屋上が好きなの?」
「んー、ほんとは鉄塔がいちばん好き!でも都会にはあんまりないから、屋上とか屋根の上にあがるんだ」
「そうなんだー、どうして?」
「えっとね、」

ゆっくりした口調で言われて、つい口に出しそうになって、止まった。
「…ぁ、」
理由を言おうとしたら言えると思う。
でもこんなこと言ったら、またガキだとか気取ってるとか言われて笑われるんだろうか。

「…」
「んん?…―あっ、ご、ごめんなさい!!嫌だったら無理して言わなくていいよ!」

まずいことを聞いてしまったみたいな顔で両手をぶんぶんしてる。
…なんだか、小守せんぱいみたいな人だなあ。
そういえば、さっきも鉄塔が好きなんて変なことを言ったのに、このひとは普通にしてくれてたっけ。
思い出したらなんだか考えるのがめんどうになってきた。まあいっか、変に見られてもその時はその時だよね。
というか、多分大丈夫な気がする。これはボクのカンだけど。
「わわわ…ごめんなさい、え、えーと」

「…空が広い、から」
「!…うん」
うつむいたまま、続ける。
「…ボクの名前さ、変わった読み方してて、漢字のまんまだとみんなまちがえるからいつもカタカナで書いてるんだけど、ほんとうは"青"って書くんだ」
「うんうん」
「だからか知らないけど、小さいころからこう、空がいっぱいに、わーって広がってるのが好きで、いつも空にいちばん近いところに行きたくて…、そうしたら、高いところにばっかりいるようになってた」

言った。







「そっかあ…、素敵だねー」
顔を上げたら、あったかい笑顔を浮かべたお姉さんがいた。

お面の中でちょっとだけ視界がにじんだ気がしたけど、ぎゅっと目をつむって押し込めた。


「…えへへ」

それから、ボクも笑顔になった。


ほんとに、こんなのいつぶりなんだろう。








→20へ続く!→





ももちゃん〈id:perchflower〉へ!!
桃さんのもだけどルアちゃんの口調もなんか…ももちゃんが書くようなあの感じが出ない…!!
サオは言葉にするのがすごく苦手だけど心のなかでは色々考えてる感じを出せればなーと思ったんだけど、なんとなく伝わってくれればいいな…( ̄▽ ̄;)



蛇足なんですが、最初はスズの話し相手は大木じゃなくて柳田でした。
書いてる途中で会話が詰まって、試しに大木にしてみたら流れるように台詞が上手く回ったから大木にしちゃいました。
ボツになった台詞で気に入ってたやつ折角だから載せます←
「大丈夫だよー♪傍目から見たら違和感なんて全然しないから!あたしが言うんだから問題ないっ!」
「いや、親指立てられても…」


1年1組はみんなで100均のああいうカチューシャ付けてほしいです!!華音ちゃん羽間くんフェレルくんも!
華音ちゃん絶対一度は眉間にシワ寄せそう(笑)